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2012-04-20

イタリア① ミラノ~ヴィチェンツァ (2012/4/8-2012/4/10)


イタリア周遊の旅へと出発。

ミラノ



ミラノ大聖堂。

聖堂前広場に面する建物の屋上には何やら現代的なペントハウスがのっかっている。

広場は多くの人でにぎわっている。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア。地面の模様も面白い。
高級ブテュックの中に特別高級感のあるマクドナルドも。
ディズニーランドっぽいなと思ったらワールドバザールのモデルになっているらしい。

大きなショッピングストリート。

大通りのわきには古典建築。

スフォルツェスコ城周辺を散歩。


中庭。

さらに北西に行くと大きな公園。

老若男女いろんな人でにぎわっていてとてもいい雰囲気の都市公園。

植栽も多様でとてもきれいな場所。

トラム軌道に芝生が生えているといい雰囲気。

ミラノは車の大通りの中央分離帯や街路樹が多い

CASA RUSTICI (ジュゼッペ・テラーニ)
ファサードに持ってこられた空中廊下的なバルコニーが特徴的。

レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会。
最後の晩餐は予約した上、15分しか見ることができず、さらに撮影禁止…。
絵は修道院の食堂の壁に描かれている。おそらく食堂の天井や他の壁にも何かしらの絵が描かれていた痕跡は見られるもののほとんどが失われていて最後の晩餐だけが修復されている。
かなり大きい絵だと聞いていたが、思っていたほどではなく、今まで写真などで見たものよりも色がとても淡くぼんやりしていて、とりわけ青色が目を引いた。

修道院中庭。植物がしっかり手入れされていてきれい。

街中にほとんど緑のないブリュッセルに住んでいるからか、街中の豊富な緑がとても新鮮で気持ちがいい。

ガララテーゼの集合住宅(アルド・ロッシ)
日本だと集合住宅でもわりと中まで見学に入っていくことができるが、ここは外国。
せっかく行ってみたが、さすがにセキュリティが厳重で入ることができず…。

聖フランチェスコ教会(ジオ・ポンティ)
教会部分はストリートから引きをとって、前面に広場を作っている。

外壁タイルの形やファサードに開けられたヴォイドや窓の形が特徴的。

ミランのストリートではリズミカルなバルコニーが目を引く。

そして溢れんばかりのプランターの植物で飾られたバルコニーをとてもよく見かける。イタリア人はバルコニーで植物を育てるのが好きなのだろうか。
こういうのを見るとバルコニーはストリートに対してとても重要な要素だし、この空間を大切に扱っていけばストリートの見え方がかなり変わるんだろうなと思える。

こういう風に大胆に育てられている植物もあって、本当に街に緑が多い。


Santa Maria presso San Satiro (Donato Bramante)

祭室の天井が遠近法を意識して実際より奥深く見えるように作られているのが面白い。

VELASCA TOWER (BBPR)

だいぶ異様な形のビルが見える。

何とも不思議な形で、下から見上げるとなかなかの迫力。
ちなみに設計者のひとりであるErnesto Nathan Rogersはリチャード・ロジャースのいとこらしい。

ブレラ美術館
2本一組の列柱に囲まれた中庭はいかにもイタリアという感じ。

裏庭のようなところへ出るとここにもたくさんの植物が育てられている。

美術館前のストリート。

PIRELLI TOWER (ジオ・ポンティ)
駅前に建つ平べったくて面白い開口デザインのビル。


コモ


ミラノから電車に揺られること約1時間、ファシズム時代のイタリア近代建築が多く残るコモへ。

サンテリア幼稚園(ジュゼッペ・テラーニ)


今でも幼稚園として使われているようでストリート側のファサードのガラスには幼稚園らしい絵が描かれている。中には入れなかったがこのエントランスあたりを見る限り、ところどころ傷んでいる。

内部をのぞくと大きな開口で明るそうだが、日差しの強い夏はかなり暑そう。

コモの街は観光地としても人気があるみたいで多くの人でにぎわっている。

カサ・デル・ファッショ(ジュゼッぺ・テラーニ)
もっと周囲から孤立して建っているものと思っていたが、普通に街中にあり、前面には車通りの多いストリートや鉄道軌道が走っていて意外。実際に建築を訪れると、本だけの情報からでは分かりにくい周辺環境が分かるから面白い。

窓サッシに木が使われていたのも意外。全体の白さとよく合う。

整然と分割された正面ファサードが印象的だが、側面も分割されているが窓のセットバックが少ない。

内部は入れなかったが、エントランスロビーの雰囲気はファサードの雰囲気に近い。

コモ湖へ。


湖の中心へと延びる桟橋は先まで歩くことができて、山にはケーブルカーが見える。

戦没者慰霊碑(アントニオ・サンテリア&ジュゼッぺ・テラーニ)
コモ湖畔に建っていてなかなかマッシブな印象。

ノヴォコムン集合住宅(ジュゼッペ・テラーニ)
シリンダー、直角、曲線からなる角が印象的。




CASA GIULIANI FRIGERO (ジュゼッペ・テラーニ)


ヴェローナ

駅から中心広場まで広い歩道のある大通りをけっこう歩く。
広場にはコロッセオがある。

ローマのコロッセオと見比べようと思い中にも入ってみる。

今でも使われているようで何かのイベントの準備をしている。

ヴェローナへ来た一番の目的、カステル・ヴェッキオへ。

カステル・ヴェッキオ美術館(カルロ・スカルパ)
日本でも安藤忠雄をはじめとする多くの建築家が自身の著書などで言及するリノベーション建築。





建物内側に窓が取り付けられていることもあり、奥行のある窓が多い。
デザインも色々なパターンがある。


鉄材が格子状に編まれた扉はいろんなところに使われている。



新旧の素材の組み合わせが絶妙。



イーゼルや他の絵画の展示用器具に至るまでデザインされている。

ここだけはトップライト付きのコンクリートによる空間。




塔の中の一つの内部。コールテン鋼の柵と階段は面白いデザイン。




美術館内は元の空間にさりげなくスカルパのデザインが付加されているが、この美術館と城壁の間の空間にはそれが結集されている。

ヴェローナ銀行(カルロ・スカルパ)
ファサードは古典的な感じもして面白いが、中には入れず。
前面には広場があるが、完全に駐車場になっていて残念。

ここに来て初めて知ったが、ヴェローナはロミオとジュリエットの舞台らしく、物語の中に登場するバルコニーがあって観光名所になっている。

最も大きなエルベ広場。こんなに多くの広場に面したバルコニーを持つ建物に囲まれた広場は初めてみる。

裏通りにはとても古そうな姿を持つ一角も。

ヴィチェンツァ

ミラノからベネチアへ行く途中でヴェローナとヴィチェンツァによったが、この強行日程はなかなかしんどい。

とはいえ、ヴィチェンツァはマニエリスムの建築家アンドレア・パラーディオの作品が数多く残る街なので必見。

駅を降りたらすぐに大きな公園。

コモやヴェローナは観光客でごった返していたが、ヴィチェンツァは観光客が少なく、落ち着いていてとてもいい雰囲気。

石材の微妙な色や積み方で壁面に模様をつけた教会。
ファサード全体の構成も見慣れない。

バシリカ(パラーディオ)


この広場にはもう一つパラーディオによるロッジアが面している。

ここにも広場に面したバルコニーが。イタリアの都市ではバルコニーが重要要素のように思えてくる。


メインストリートの名前はパラーディオ通り。
パラーディオ建築に引っ張られてか、街全体の建物の質が高く感じる。

パラッツォ・キエリカーティ(パラーディオ)


テアトロ・オリンピコ(パラーディオ)
古びた建物、外壁のツタや植栽、野外彫刻。
完全に中世にタイムスリップしたような中庭はとても美しくていい雰囲気。


この劇場は1580年に作られたが、今でも使われているようだった。

遠近法を利用した舞台装置。

パラーディオ建築のガイド板。まさにパラーディオの街。

Palazzo Trissino Baston (Vincenzo Scamozzi)
スカモッツィはパラーディオより少し後の時期に活躍し、ベネチアのサンマルコ広場の新行政館の設計を担当した建築家。

パラーディオらによるヴィチェンツァにある多くのパラッツォは地上階の階高が高く、ストリートに沿って列柱廊がある。そして、ストリートからは大きな入口を通して、上部から光がさす魅力的な中庭が見える。
一般的な中世都市の建物はストリートに対して閉ざされている印象があるが、パラッツォは前面空間や内部空間がストリートに解放的で、単体の建築が都市に参加しているような感じがして都市的な建築といえるのかもしれない。



ヴァルマラナ邸(パラーディオ)
水路も取り込んだデザイン。


なかなか損傷が激しいが、今でも個人邸として人が住んでいる気配があった。

ヴィラ・ロトンダにも行きたかったが、少し市街地から遠いので断念…。

暗くなる前にベネチアへと移動。


2012-03-28

二七週目(2012/3/26-2012/4/1)

一八日目
最後にとんでもなくめんどくさい模型をつくることになる。
日付が変わったころに終わり帰宅。

一九日目
明日からボスが2週間ほどアメリカへレクチャーをし周りに行くということで、全部のプロジェクトが今日見せられるようにということでみんな忙しくしていたらしい。

ミーティングではボスの行っていることが雰囲気でなんとなくわかる程度で細かいことは絶望的にわからない。自分の英語では全く仕事では使い物にならないと痛感。やはり、スケッチや何かである程度分かっても言葉がわからないと話にならない。建築の技能以前の問題がかなり大きい。

ということでどうやらこのプロジェクトの本当の〆切はまだもう少し先らしい。
ずっとコンペだと思っていたが、よく聞くとトルコのAdanaという都市のフットボールスタジアム開発権をデベロッパーが競い合っていて、そのうちの一つのデベロッパーと組んでやっているいわゆるプロポーザルというやつらしい。

別のプロジェクトが差し迫っているので今日でこのプロジェクトは一時中断し、自分以外の2人は別の方移り、自分は引き続き模型を作り続けることになる。

二十日目
ひたすら模型に緑の棒を置き続ける。

仕事終わりにベルギー人と飲みに行くことに。
その人の住んでいるAlbertというブリュッセル南駅のさらに南の方まで付いていく。

南駅辺りはあまり雰囲気が良くないが、そのさらに南まで行くと意外ときれいなところがあって驚く。

こちらではポートフォリオをつくるとき、インターン経験というのが重要らしく、学校の課題だけでは相手にされないこともあるらしい。インターン先でかかわったプロジェクトで自分が何をしたのかということをポートフォリオに盛り込むべきだと強く勧められる。
日本ではあまりそういうことを聞いたことがないが、確かにそれをやったら他の人とも差がついて面白そう。

二十一日目
サマータイムが始まって一気に日が長くなる。夜8時くらいでもまだ明るい。
夕暮れ時の1時間が早まるだけでだいぶ時間の感覚がおかしくなる。



前から気になっていたトルコ文化の水タバコ Sisha に挑戦。

煙はアップル、ストロベリーなどの果物系で甘い香り。
それと同時に甘いミントティーを飲むのが流儀らしい。

あまりにも甘ったるい上、煙を吸い過ぎて酸欠で気持ち悪くなる。


JDSのブリュッセルオフィスは6月くらいにフランスでのプロジェクトが終わったら、仕事がなくなるので閉鎖もしくは規模縮小されるらしい。
全く先が見えない働き方だなと恐ろしくなる。

二十二日目
インターン最終日。
一週目を振り返ると昨日のようで本当にあっという間。
きつくて早く終わってほしいと思っていたが、いざ最終日となると寂しくなる。
とはいえこれ以上無給かつ無休で働くなんて考えられないが。

模型のテクニックやAutocadの使い方、プロジェクトの進む様子、JDSの建築的思考など、建築の技能の面で勉強になることは多かったが、それ以上に建築の世界で働くということについて現実味を持って考えさせられたインターンだった。

働き始めると自分で自由に勉強したり、考えたりする時間は圧倒的に少なくなるし、時には食べる、寝るといった
基本的な生活まで脅かされる。
その対価として自分が得られるものが経験とお金なんだろうが、このバランスがかなり難しい。


最後ということでJDSのプロジェクトブックをもらう。

この本にのっているプロジェクトの9割以上はアイデアで実作は数えるほどしかない。
とはいっても、ボスはまだ30代で建築家としてはかなり若く、それなのに、コペンハーゲンを中心として、ブリュッセルや上海など世界中に事務所を持ち、このアイデアの多さというのにはとてつもないエネルギーを感じる。

今はアイデアを売ることが業務の中心で、なにか実体がないような気もするが、今後実際に建てていくことが増えてきたときにどうなるのかがとても楽しみな事務所だと思った。



インターンが終わって一気にこの留学生活にも終わりが見え始めてきた気がする。
これからはヨーロッパ中を旅する予定。
3,4カ月もの間完全に時間をフリーに使えるというのは初めてかもしれないので有効に使いたい。

2012-03-20

二六週目(2012/3/19-2012/3/25)

十一日目
コンペの〆切が近づいてくる。
そしてどんどん帰りが遅くなる…。

締め切り1週間前なのになぜかうちのプロジェクトリーダーは余裕な感じでさっさと帰宅していく。
リーダーが帰ると気兼ねなく帰れるからいいけど。

インターンが始まってからずっとスタディしてきたファサードデザインがほぼ決まる。
自分の提案が取り入れてもらえるがまだ少し問題も残る。

十二日目
朝事務所まで歩いていると所員さんとすれ違う。
Hello!というとSee you tomorrow!と返ってくる。
どうやら徹夜で朝帰りらしい。〆切か何かがあったのか、別チームの人たちは今日一日みんないない。

初めて今回のコンペ案をみたときから思ってはいたが、今さらスタジアムの構造がもたないんじゃないかという話に。
エンジニアがいないから何とも言えないらしく、結局、まだ検討の余地がありそうということで昨日決まりかけていたファサード案は白紙に戻る。まあよくあることだが少しやる気を失う。

今日は割とみんな早く帰宅していくし、いまいちこの事務所のリズムがわからない。

十三日目
同じくインターンにきている人たちと日本食レストランに食べに行く。
いい日本食レストランを教えてくれという流れで行くことになったのだが、仕事を終えてさあ行こうという時に、ボスにあそこのスシはクソだと罵られる。
しかもけっこう本意気で言われたのでかなり焦るも、一緒に行った人たちは一応おいしかったと言っていたので良かったことにする。

一般的にインターンというとやはりいわれたことを言われたとおりにやるだけというのが多いらしいが、JDSはかなり自由に考えたり、提案させてくれたりする方のようだ。確かにファサードのスタディはほぼ丸投げで自由にできるのはいいが不安もよぎる…。
同じインターンの人も言っていたが、ボスの趣向のわからないうちはなかなか難しそう。




一四日目
ファサードの新しいアイデアが浮かばず、何かレファレンスをと思いJDSの作品を見返してみる。
しかし窓の配列がそのままファサードになったものが多く、ファサードとして意識的にデザインされているプロジェクトはあまりないように思った。
都市の中で周囲とどういう関係を持ちながら建築全体としての形をつくっていくのかということは明快なダイアグラムとともに示され、わかりやすい説得力を持って面白いが、ファサードやマテリアル、その建築によって生まれるパブリックスペースの使い方などの細かいデザインがあまり見つけられなかった。

近々、フランスでユースセンターが着工されるらしいが、こちらもファサードをどうするかということが今の大きな問題になっているよう。自分の関わっているプロジェクトでもそういう細かいところのデザインに関しては所員に任せっきりだし、ボスの歯切れが悪いような気がするのは気のせいだろうか。

コンペなどの基本設計のプロジェクトが多く、実作が少ないということもあるかもしれないが、実際に建てるとなるときにどのようなものができるかというのは楽しみ。

一五日目
ランチのときにベルギー人&ブルガリア人とチュニジア人×2でキリスト教とイスラム教の論争になる。論争といっても、イスラム教のあれはどういうことなんだ?と質問している感じだったが、宗教の話で大盛り上がりするのは日本では考えられない。
そして、神道や仏教について語れるはずもなく、日本人はカヤの外…。

もう一つ不思議に思ったのは、ベルギー人とチュニジア人がフランス語で会話しているということ。ずっと日本で生活していたので一国一言語という意識が強いのだろうか、英語やフランス語をネイティブランゲージとする国は世界中に多く存在しているということはわかってはいても、実際に目の当たりにするとやはり不思議な感じがする。
歴史背景的にブラックな部分は多いかもしれないが、住む地域や宗教が全く違っても、ネイティブランゲージとして不自由なくお互いの考えを言い合える英語やフランス語のような世界的言語というのはかなり便利であるように思う。


所員だと思っていた人の多くが期間雇用らしいことがわかってくる。その人の話によると、今はみんな事務所内ではフランス語を話しているが、昨年の12月くらいには英語が公用語だったらしい。つまり、それだけ頻繁に人が入れ替わっているということで、プロジェクトごとにころころと変わるらしい。

一六日目
コンペの〆切が来週の火曜日に延びたせいで土曜出勤…。
家事と買い物を一通り済ませて昼すぎから模型を作りに行く。

締め切り直前とはいえ、スケジュールは休日出勤ありきで組まれているし、事務所内の空気もそれが当たり前みたいな感じになっている。このメリハリのない感じはどうも好きになれない。


最近晴れ間が多くて春らしくなってくる。

一七日目
今日も模型を作りに事務所へ。休みがほしい…。
毎日遅くまで働いているうえに土日両方休日出勤はさすがにどうかしてる。

今日からサマータイムが始まる。
気づいたらiPhoneの時計が1時間進んでいて少し損した気分。
サマータイムが終わった時と同様、不思議な感じがする上、混乱する。

2012-03-13

二五週目(2012/3/12 - 2012/3/18)

六日目
めずらしく天気が良かったせいか青空ランチタイム。
大人の集団がそろって広場のど真ん中に座り込んでサンドイッチをほおばる。
日本のオフィスではなかなか考えられなさそう。

仕事的にはスタジアム周りのパブリックスペースのデザインを新たに考える。
アイデアを求められるのはいいが、そのスピードが速い。学生の課題だと考えてといわれてから1週間くらい猶予があるのに対し、仕事だとその場ですぐ考えてすぐスケッチしてすぐに模型などのスタディに入らなければいけない。
物を示さなければいけないので、うだうだ考えてる時間はなく、とりあえず手を動かして自分の中でしっくりいきそうなものを進めてみる。
昔、組織設計事務所で働いている先生が、自分のチームメンバーには常にアイデアを2、3個持っているように要求するといっていたのを思い出す。
実務のハードさを垣間見る。

七日目
ここまでフランス語を喋られるとわかるようになりたい。英語もろくに聞き取れてないが…

ネイティブアメリカンには自分の発音や間違った文法でもどうにか通じるが、ベルギー人などの英語を第二言語とする人たちには通じないことがよくある。逆にフレンチなまりやスペインなまりにはよく悩まされる。今まで発音は二の次だと思ってたところがあったがヨーロッパにおいてははっきりとした正しい発音の重要性を感じる。

八日目
ボスに初めて会う。
来所するなりせわしなく動き回り、ささっといくつかミーティングを終わらせてまたどこかに行ってしまう。
担当しているプロジェクトはいくつか再考を促される。


高層ビルの足元と広場の使い方をスタディ中。

九日目
ついに帰宅時間が夜9時を回ってしまう。
ボスが来るようになるとミーティングとかがあって忙しくなるよう。

自分が帰宅した後にも所員さんたちはまだ仕事をしている。
海外でも人気建築事務所は薄給長時間労働らしく日本とあまり変わらない。
ベルギー人によると、ベルギーだけ見ても一般的に他の職種に比べて建築関係は労働時間が長いらしい。

十日目
初のボスとのちゃんとしたプロジェクトミーティング。
ダイヤグラムから建築を発想することが多いように思える事務所だが、ボスの手からダイヤグラムが生まれる瞬間を見ることができたので少し感動。確かに言葉の説明が7割くらいしかわかってなくてもボスの頭の中にあるやりたいことが明確にわかるダイアグラムだった。

そしてまさかの週末在宅ワークが残る。

帰宅後友人の誕生日パーティーへ。
学校の人たちにも久しぶりにあって懐かしさを感じる。
こういうパーティーに行くと本当にいろんな国出身の人がいておもしろい。

2012-03-06

二四週目(2012/3/5 - 2012/3/11)

こっちにきてから早5ヶ月、気づいたら留学生活も半分が過ぎている。
3月はブリュッセルにある建築事務所でインターンをして過ごすことに。

一日目
申し込んだのはJDS Architects という世界中で活躍する若手建築家の事務所。

3月だというのに謎の大雪の中、ホームページに書いてある事務所の建物に行っても建築事務所がある気配がない。
さんざんテナントの人に聞いて回った挙句、近くの建物に引っ越したよという情報をゲット。
なんであらかじめ教えといてくれないんだ…。

仕事としては、トルコでのサッカースタジオのコンペに関わらせてもらうことに。
大規模なプロジェクトにも関わらず担当は2人でやっているらしく、そこに加わる。
いきなりファサードデザインしてといわれたが、そんな重要なとこいきなり来た学生の自分がやっていいのだろうか…。

〆切が今月の23日らしく、忙しくなる気しかしない。

二日目
引き続きファサードのスケッチをしてCADにおこす。

ボスは世界中を飛びまわているらしくほぼ事務所にはいないため、進捗状況はメールでエスキスするらしい。

海外の事務所は18時くらいになったらきっちりみんな帰り始めるという噂を聞いていたが、ここの人たちは大体20時くらいにその日の作業をまとめ始めるといった感じ。

9~20時の労働は学生生活に慣れ切ってしまっていた体にはつらい…。

三日目
午前中にやっと市役所から市民登録のための召喚状が届いていたので手続きをしに行く。
いつも通りの激込み具合で結局12時くらいまで待たされる。さらに書類不備でもう一度午後に出直してどうにか手続き完了。初めの申請からここまで来るのに5カ月も待つ。自分の住んでいるブリュッセルコミューンは移民が多いせいか最も手続きが遅いコミューンらしいが、それにしても遅すぎる…。
さらにIDカードをゲットするまで2週間ほどかかるらしい。

これが終わってから事務所に行き、ボスからエスキスの返事が来るまで今度は模型をつくることに。人を作ったり、木を作ったり単純作業が多いが、テラスの使い方やパビリオンを考えてくれといわれるなど単純作業だけじゃなくて何かとアイデアを求めてくれるのはやりがいがある。

四日目
国際的な事務所なので所内では英語が普通なのかと思いきや、ほとんどの人がフランス語でしゃべっていることに気づく。周りの人のしゃべっていることが全く分からないのでかなりのアウェイ感を味わう。

プロジェクトリーダーはアジア系アメリカ人なのでネイティブな英語を話す。知り合いの韓国人もものすごく流暢に英語を話すが、アジア人顔なのに奇麗な英語を話す人を見るとめちゃくちゃかっこよく見えるし憧れる。

こっちではスーパーなどのお店は遅くとも20時には閉店する。となると、それ以降まで働いていると平日は全く買い物ができない。日本の便利さを改めて実感する。逆にそのような状況だから日本では夜遅くまでの労働が普通と考えられているのかもしれないが…。

五日目
せっせと模型の植栽をつくっていると、さあ、早く仕事を辞めて!とせかされる。
何かと思ったら週末だからか事務所でパーティーが始まる。
所員さんたちに自己紹介をし、全員の名前を一斉に聞かされるも、聞き取れもしなければもちろん覚えることもできない…。そしてみんなフランス語で話し始める…。

英語で話してくれる人たちに話を聞いてみると、どうやら所員以外にも一時的に勉強しにきている人が何人かいるみたい。
チュニジアから来ている人もいて、その人は漫画のONE PIECEが好きらしい。もうそれだけで親近感がわくが、最近、日本の文化を知っている人が多いことに驚く。
日本のあいさつといえばこんにちわ、日本の有名な地名といえば東京、京都、それから地震・津波のことなどはほとんどの人が知っている。建築関係の人では日本の建築家は巨匠から若手までかなりの知名度がある。国内だけで暮らしていたときには日本が世界の中で先進国といわれ、重要な位置にいるといわれても全く実感が持てなかったが、実際ヨーロッパの人々が当たり前に日本のことを知っているというのを体験すると世界の中での日本というのを意識しやすくなった気がする。

事務所全体の仕事内容もわかってきて、コンペをやっている人が2人,2人で2組、他の6人くらいがフランスのリールで建設されるプロジェクトの実施設計をしているらしい。どのプロジェクトも規模が大きいのにこの人数で3つのプロジェクトを同時進行させるとなるとかなり大変そう。

所員らしき人はなぜかほとんどが女の人でひたすらフランス語でしゃべっていたので、そそくさと帰宅していく男性陣の流れに乗り帰宅。



とにかく疲れた一週間。週末のありがたさをかみしめるも、買い物に出かけたら謎のアジア人たちのデモに遭遇。

こんなに頻繁にデモやストライキがある環境も新鮮っちゃ新鮮である。